かんとこうブログ
2025.01.06
巳年の塗料出荷数量と金額
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
本年最初の記事として、巳年の塗料出荷数量と金額の推移について見ていきたいと思います。よく新年にあたり、過去の巳年の景気はどうだったのかということが紹介されていますが、その塗料版をやってみようという趣旨です。とは言え干支と経済に関係があるなどと言えば、日頃一端の科学者気取りで書いているブログの信用を失ってしまいます。実際は戦後80年における塗料業界の存亡の様子を12年おきのスパンで見てみよういうのが本当に趣旨ということを申し上げておきます。
それでは早速戦後80年の塗料出荷数量と金額について経産省の確報値(年度版)を下図に示します。赤棒が巳年を表しています。
上が出荷数量、下が出荷金額です。一見同じように見えるかもしれませんが、少し違うところもあります。それは、オイルショック時、リーマンショック時、コロナ禍におけるダメージがいずれも出荷数量の方が金額に比べ大きく、影響が後を引いていることです。結果過去80年の最盛期であったバブル期からの見た現在値は、金額の方が落ち込みの程度が少なく数量の方が大きいということです。
それでは過去の巳年はどんな状況だったのでしょうか?戦後の巳年は過去6回あり今年が7回目です。1回目は昭和28年で戦後の8年目であり、日本がようやく国際社会に復帰できた翌年で、朝鮮戦争特需で戦後復興が進んだ年でした。2回目は昭和40年、関塗工設立の年です。高度成長期前夜とも言うべき時期であり、業界あげての乱売合戦が行われたと関塗工の初代理事長松本十九氏の回顧録にあります。3回目が昭和52年でまだまだオイルショックの影響を受け、新卒採用を控える企業が多かった時代です。私は昭和50年に就職しましたが、その後2年間は定期採用がありませんでした。4回目は平成元年です。この年はバブルの前半期であり、世の中がバブル景気に浮かれていた時代です。5回目は平成13年で1990年代後半の経済の混乱を引きづっていました。6回目は平成25年で、アベノミクス景気に世の中が浮き立っていた時代でした。
それでは戦後6回の巳年の出荷数量、金額、単価をグラフにしてみました。
このグラフには戦後7回目の巳年の予想値として現時点最新の令和5年度の数値を点線で入れておきました。これら三者は三様の推移を示しています。数量はバブル期が頂点であり、現在まで下降一途、金額はバブル期のピークから少し下落したた程度で持ちこたえ、あわよくばバブル期に追いつこうという勢い、単価はしぶとく上昇傾向を持続し、過去最高を記録しようとしている、と言ったところです。こうした傾向は塗料だけに特有なものではなく、比較的古くからある素材産業には共通してみられるものと考えています。
しかしながら、数量の低下傾向は深刻な問題を提起しています。背景にあるのは単なる景気の循環ではなく、時代の要請ともいうべき喫緊の課題であると私は思っています。より具体的にはCO2問題をはじめとする環境圧力が背景にあるのではないかと思うのです。今年1年もこうした視点で塗料業界として今何をしなければいかないという点についても発信していこうと思っております。