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かんとこうブログ

2022.08.23

E.トッド氏の著作「第三次世界大戦はもう始まっている」について

 今話題になっている掲題の本を読みました。E.トッド氏については『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』をはじめとして、世界情勢を人類学の立場で解析し、新たな視点を提供してくれる人として注目していました。氏によればウクライナ侵攻以降、いかなるインタビューにも応じたことはなく、この本が初めての自己の見解の吐露であるとのことです。氏はこの本の中で従来西側メディアが伝えてきたものとは全く異なる見解を披露しています。ご参考までにご紹介したいと思います。

ショッキングなこの本のタイトルにまず驚かされました。これについてここで簡単に説明はできないのですが、かいつまんで引用します。

ウクライナ問題は、元来は、ソ連邦崩壊後の国境修正という「ローカルな問題」でした。(中略)しかしこの問題は初めから「グローバルな問題」としてもありました。(中略)(ロシアが)アメリカに対抗しうる帝国になるのを防ぐには、ウクライナをロシアから引き離せばよい、と。そして実際、アメリカは、こうした戦略に基づいて、ウクライナを武装化して「NATOの事実上の加盟国」としたわけです。(中略)いま人々は「世界は第三次世界大戦に向かっている」と話していますが、「我々はすでに第三次世界大戦に突入した」と私はみています。ウクライナ軍は、アメリカとイギリスの指導と訓練により再組織化され、歩兵に加えて、対戦車砲や対空砲も備えています。特にアメリカの軍事衛星による支援が、ウクライナ軍の抵抗に決定的に寄与しています。その意味で、ロシアとアメリカの間の軍事的衝突は、すでに始まっているのです。

直接に戦闘に加わらなくとも、間接的には十分に関与しており、世界規模での戦闘状態であるとの見方を示しているわけですが、実は私が今日この本のことを書こうと思って理由はこれではありません。最も衝撃をうけた箇所は、第三章の『「ロシア恐怖症」は米国衰退の現れだ』という箇所でした。引用します。

現在のロシア嫌いというアメリカの傾向を正しく理解するために私が提案したいのは、冷戦を新たな視点からとらえ直すことです。つまり「東西対立は、ソ連圏の一方的な敗北に終わり、アメリカが唯一の勝者となった」とう世界的に認められている通念を再検討、あるいは拒絶するのです。』ということです。

氏は「1950年代から1970年代にかけて、米ソ両国はお互いに有益となる形で影響を及ぼしあっており、お互いによい方向へ成長できていたのですが、やがてソ連圏は、崩壊という形で終焉を迎え、アメリカが無傷で勝ち残ったかのように認識されています。しかし、実はそうではなくアメリカも人種問題(黒人の開放による白人の平等の霧散)~新自由主義の台頭により社会として大きく傷ついたのです。」と主張しているのです。

氏の主張の根拠(アメリカのダメージ)は人口動態にあり、アメリカの乳幼児死亡率がロシアを上回るようになったこと、アメリカの平均寿命が近年急速に短くなっていることを挙げて、アメリカの社会システムの危機を指摘しているのです。

こうした議論のあと、ウクライナ問題に対する世界の国々の対応と人類学的見地による分類との関係性、具体的にはその国の父権性の強さの尺度で、ウクライナ問題への各国の対応がある程度説明が可能であるとしています。この視点も大変興味深いのですが、私が解説するのは手に余りますので、興味を覚えられた方は是非読んでいただくことをお勧めします。

この本の締めくくりでは、さらに衝撃的なことが書かれています。この見方が正しいのかどうかにわかには判断できませんが、論理的な破綻はきたしておらず、傾聴に値するものであると思います。

つまり、ロシアではなくむしろ西洋社会こそうまくいっていないのであって、この戦争がそれを物語っているのではないか。西洋社会では、不平等が広がり、貧困化が進み、未来に対する合理的な希望が持てなくなり、社会が目標を失っています。この戦争は実は西洋社会が虚無の状態から抜け出すための戦争であり、ヨーロッパ社会に存在意義を与えるために、この戦争が歪んだ形で使われてしまったのではないか、と思われてくるのです。

(太字は 本書(文春新書)からの引用です)

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