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かんとこうブログ

2023.10.11

ノーベル化学賞・・量子ドットは色の魔術師

2023年のノーベル化学賞は、量子ドットの研究で成果をあげたアメリカのマサチューセッツ工科大学のムンジ・バウンディ教授ら3名の研究者が受賞しました。この量子ドットとはどんなもので、どんな特徴があり、どんな用途に使われているのでしょうか?今日は、量子ドットについて調べたことをご紹介します。光の色に関係することのようですので、塗料とまんざら関係がないわけでもない気がします。

まず、量子ドットとはどんなものなのでしょうか?そもそも量子とは何でしょうか?・・・量子とは「粒子と波の性質をあわせもった、とても小さな物質やエネルギーの単位」(文部科学省、量子ってなあに)と書かれています。ますますわからなくなりますが、具体的には、原子や、電子、中性子、陽子といったものがこれにあたります。つまりとても小さな小さな目に見えないけれど、物質を形作っている最少単位やその部品は、そういうものだ、と思ってください。そして今日説明する「量子ドット」というのは、「そういう量子から形成されるとても小さくて、点のような大きさのもの」という意味です。どのくらいの大きさなのか、もう少し詳しく説明します。

上の図は、量子ドットのイメージを説明するために用意されていたものをお借りしました。この図の一個の立方体ブロックの大きさは、おおよそ電子の波長程度、すなわち10ナノ(10のマイナス9乗)メートルを想定して書かれています。10ナノメートルというのは、1mmの10万分の1の長さです。例えば金属を思い浮かべてください。金属は電気をよく通しますが、それは電子がたくさんあるブロックの中を自由に動き回れるからだとされています。

これを前置きにして、以下説明します。ある程度以上の大きさを持った塊(バルク)の場合には、電子はほぼ無限(三次元的)に動き回ることができます。この塊から、ブロック1個分ほどの厚さの薄い層を一段分だけ切り出した場合(上図の電子井戸)電子の動きはこの薄い一段のブロックの中を平面的(二次元)的に動き回ることしかできなくなります。さらにこの一段のブロックから、一列だけを切り出す(上図の電子細線)と、電子は直線的に(一次))的にしか動けなくなりますそしてブロック一個だけを切り出すと、電子はこのブロックの中だけでしか動くことができません。このロック一個分の大きさのものが量子ドットなのです。

10ナノメートルと言ってもものすごく小さな目に見えない小さな粒です。大きさがここまで小さくなると、塊(バルク)にはない特別な性質が現れるようになります。

その特別な性質のひとつが、量子ドットの大きさに伴い、光を当てた時の色が変化するという現象です。論より証拠で、カドミウムセレン(CdSe)の結晶の大きさを3nmから5nmに変化させていくと緑から赤へと色が変化する様子を下図に示します。

つまり、結晶の大きさを制御することでさまざまな色を発光させることができるということなのです。結晶の大きさが大きいほど発光波長は長く(可視光で言えば赤色側)、結晶が小さくなると発光波長は短く(可視光で言えば紫側)なります。でも同じ化学組成の結晶なのに、結晶の大きさを変えるだけで、どうしてそのようなことができるのでしょうか?この説明は下図とともに別な文献で説明されていました。少し難しくなりますが、おつきあいください。

この図は、物質がバルクから量子ドットに変化すると、電子軌道のエネルギーの高さがどのようの変化するかをイメージ的に書き表したものです。右端のバルクでは、原子や分子の数が無数ともいえるほどで、非常に多くの軌道が存在します。そしてそれぞれの軌道のエネルギーレベルが重なりあい、連続的な帯状になります。これをバンド(帯)構造と呼びます。価電子帯とは原子核に束縛されている電子軌道のエネルギーレベル伝導体とは、原子核の束縛から離れ、自由に動けるようになった電子軌道のエネルギーレベルを表しています。そして、この価電子帯と伝導帯の間に存在するすき間をバンドギャップと言います。

少し話が横道にそれますが、金属のような電気の良導体は、このバンドギャップが存在しませんので、簡単に電子が束縛を離れ自由に動くことができます。半導体では、このバンドギャップが適度な大きさなので、光や熱によってエネルギーが与えられると、束縛を離れ動き回れるようになります。ある条件で初めて電気が流れます。絶縁体の場合には、バンドギャップが大きいためにエネルギーを与えられても束縛を離れ動き回ることができず、電気は流れることがありません。

話を元に戻しますが、それでは量子ドットになると、この価電子帯、伝導体、バンドギャップはどうなるのでしょうか?量子ドットの大きさになると大変小さいため、それを構成する原子の数が限られます。原子の数が減少するとともに電子軌道の数も減少し、バルクの時のような帯状ではなく、断続的な分布を示すようになります。同時にバンドギャップの幅が広がっていきます。このバンドギャップの広がっていくことため、結晶の大きさによって発光する色が変化するのです。

これまで、量子ドットの発光について説明してきませんでしたが、実は量子ドットの発光は半導体の蛍光発光です。半導体の電子は、光や熱が与えられた時にだけ、束縛を離れて自由に動くようになります。自由になった電子は負の電荷をもって伝導帯に存在し、一方電子が抜けたあとは正の電荷を持った正孔として価電子帯に存在します。この二つが再結合するときにバンドギャップに相当するエネルギーを放出して発光するのです。この一連の過程において電子が束縛を逃れる際に吸収した光の波長と再結合して発光するときの波長は同じではないため、蛍光発光と呼ばれます。(蛍光とは、吸収した波長とは異なる波長の光を放出する現象を言います。)

さきほど結晶の大きさが小さくなるほどバンドギャップが広がると書きました。バンドギャップが広がるということは伝導体と価電子帯のエネルギー差が大きくなるということです。発光する際の光の波長とエネルギーの関係は反比例の関係にありますので、結晶の大きさが小さくなるにつれて、バンドギャップは大きくなり、放出されるエネルギーも大きくなるため、発光する光の波長は短くなります。結晶が大きくなると、逆の現象となり、再結合の際に放出されるエネルギーが小さくなりますので、発光する光の波長は長くなります。光の波長は、虹の色の順番に並んでおり、波長の長い(エネルギーの小さい)方から、赤、橙、黄、黄緑、緑、青、藍、紫となります。量子ドットの場合、結晶が大きいほど赤い方へ、小さいほど紫の方へ色がシフトしていきます。

すこしややこしかったかと思いますが、これが量子ドットでさまざまな色を発光させられることの説明です。

もう少し具体的な例で、量子ドットのサイズと発光される色の関係をみてみましょう。下図は、青色LEDのバックライトと液晶パネルの間に、量子ドット素材のシートを入れた場合の蛍光発光のイメージ図です。量子ドットの大きさが大きくなるほど赤い方向へシフトしていくことがわかると思います。従来の蛍光体に比べて、精彩でかつ光のロスが少ない低消費電力のディスプレーが実現できると期待されています。

このほか、温室フィルムに使用して太陽光をより光合成に有利な波長に変換して植物の生育を促進する、あるいは太陽電池や通信機器などへの応用も期待されているようです。

量子ドットの素材や製造方法については、特に調べていませんが、上から2番目の図を引用した文献に以下の記述がありました。「一般に量子ドットの粒径は、合成に用いる有機金属化合物の熱分解反応の温度あるいは反応時間により制御することが可能である。また、量子ドットのバンドギャップは半導体の種類にも依存する。現在では、ZnSeCdSCdSeCdSeTePbSPbSe などの半導体により可視から近赤外(400-2000 nm)で発光する量子ドットを合成することができる 。」とありました。10年も前の文献ですから今ではもっと研究が進んでおり、当時の課題とされた有害性重金属の排除、耐久性の改善、コスト低減のそれぞれが進展しているのではないかと想像しています。

塗料で使用する顔料は、その粒子の大きさが量子ドットよりもずっと大きく、こうした量子サイズ効果は期待できません。また量子ドット程度のサイズのものを塗料に使用するとなると耐久性への懸念も捨てきれません。とは言え、サイズを変更するだけで色が変えられるというのはとても魅力的に感じます。

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