かんとこうブログ
2020.09.02
世界一黒いもの 黒の物語その2
昨日はCNT(カーボンナノチューブ)が世界一黒いものであるとしてご紹介しましたが、なぜ黒いのかを十分に説明していませんでした。今日はその理由を説明しながら身近にある黒いものをご紹介します。身近にある黒いもの、最初は「針」です。昔からの童唄に「指切げんまん、・・・うそついたら「針千本」飲ます」という恐ろしい歌詞があり、それを初めて聞いたとき子供心にとても怖い思いをした記憶がありますが、本当に針千本を束ねたらどんな風に見えるでしょうか?答えは下の写真にあります。針を千本束ねたものは、CNTをそのままぐっと大きくしたような形になり、その束ねた「針千本」は上から見ると真っ黒なのです。
左の写真を見てもらうと、実際にピカピカの金属針が千本入っている瓶を上から覗くと確かに黒く見えることがわかると思います。右の図に黒く見える理由が述べられていますが、たとえ光の反射率が90%だとしても、反射するたびにわずかに光の吸収が起こるため、図のように光が針の束の中で反射を繰り返していくと大きく減衰し、外部に反射光として観察される光はほとんどなくなってしまうのです。実は、世の中に存在する本当に黒い物質のほとんどがこうした理由によるものなのです。それでは、こうした「構造色」ともいうべき本当に黒いものの例を見ていきましょう。次も人工物です。
ビロードとは「パイル織物の一種。ベルベット velvetと同義語。天鵞絨とも書く。主として絹,レーヨン,ポリエステル,木綿などで織られ,服地,服飾品,室内装飾などに用いられる。」(ブリタニカ国際大百科事典)であり、独特の手ざわり、風合いから広く使用されています。このビロードの黒も実は大変に黒く見える物質です。
下の図の左上部に示すように、ビロードの生地としての特徴は、その構造にあり、表面から繊維が直立しているような構造をしています。右上部や下部の電顕写真を見てもらえれば、より明確にイメージしてもらえると思いますが、黒のビロードがとても黒く見えるのは、この生地の構造によるものなのです。ちなみに、黒いビロード布は、何かの写真を撮ろうとするときに、反射光がないので非常に便利な背景として使用することができます。
さて、今度は天然界に存在する本当に「黒い」ものをご紹介することにしましょう。
天然界における黒のチャンピオンは,極楽鳥です。と言っても羽全体が本当に「黒い」のではなく、羽の内側が特に黒いのです。その様子を下の写真でご覧ください。
出典:Structural absorption by barbule microstructures of super black bird of paradise feathers Dakota E. McCoy, Teresa Feo, Todd Alan Harvey & Richard O. Prum; Nature Communications 9, Article number: 1 (2018) (左写真)
左上の写真は、オスが求愛行動として、羽の内側は見せているところですが、本当に黒い色です。その下の写真は、その様子を横から撮ったもので、羽の外側が同じ黒でありながら全然黒さが違うことに気づかれると思います。この違いは微細構造にあります。右側のaとbの写真は、それぞれ羽の外側と内側の電顕写真です。倍率が異なるのでわかりにくくはありますが、じっと睨んでもらえれば、内側(b)の方が断然細かい構造になっているのがわかると思います。下の写真cとdは、この羽根に金を蒸着した時の外観です。羽根の外側の写真(c)では、金に蒸着されていることがはっきりとわかりますが、羽根の内側の写真(d)では、蒸着されているのにもかかわらず、黒く見えます。これは「針千本」と同じで、微細構造のため反射した光が減衰し外からは反射光として観察されることがないのです。この極楽鳥の羽の内側部分は光の吸収率が99%を超えているとも言われており、天然界の黒のチャンピオンと言えそうです。
天然界からもう一つご紹介したいものがあります。それはモス・アイです。日本語で言えば「蛾の目」ですが、これが黒ではないのですが、光を全く反射しない表面なのです。そしてこのモス・アイ、実に精緻にできており、自然の不思議さを感じさせます。下の写真と図をご覧ください。
モス・アイをどんどん拡大していくと右端の写真にたどり着きます。そしてこの微細構造を模式的に表したのが下の図です。砲弾が直立して整然と並んでいるような構造をしていますが、このような光の波長よりも小さい微細構造においては、平均屈折率が突起の先端部分から根元部分にかけて連続的に変化するため、大きく屈折率が変化する面が存在しないので光の反射がありません。加えて120度交差パターンの繰り返しなので回折光も生じないという特徴があります。
このモス・アイ構造は無反射構造として広く知られており、すでに無反射技術として様々な分野で実用化がされているそうです。
これまでご紹介してきたのは、天然界や人工物における黒いものでした。そのほとんどは構造色により、光を反射させないようにしているものでした。こうした物質は塗料に使用できるのでしょうか?また塗料で黒い色はどのようにして作っているのでしょうか?
明日は黒い塗料について書きます。
(本日使用した写真は、ビロード外観を除きすべて元関西ペイントの中畑顕雅氏に提供していただきました。)