かんとこうブログ
2023.04.24
元祖真珠顔料・・魚鱗箔の話その1
太刀魚やニシンなどの魚の銀色の正体は何だろうか?素朴な疑問から調べ始めたところ、とても興味深いことに、魚の銀色を発色している物質を使って、真珠顔料が作られていたことがわかりました。今日と明日の2日間はこの話を書きます。
一応調べるにあたりチャットGPTに聞いてみました。以下チャットGPTへの質問と答えです。
チャットGPTの回答を要約すると、「銀色に光るのは魚の体表面にある鱗の表面で光を反射しているからである。そして鱗はガネーシャ層と呼ばれる透明な層に洗浄されている?」となります。前半は良さそうですが、後半は大いに怪しい感じがします。事実、ガネーシャと言うのはインドの神様の名前であり、魚の体表面とは何の関係もなさそうです。この答えについては、これから調べたことをご紹介していくと自ずとその正否が明らかになりますので、ここではこのままにしておきます。
ネット上ではこの魚の体表面について情報が見つかりますが、化学的、科学的な情報はそう多くありません。中でも信頼できそうなものをいくつかご紹介します。
これは日本化粧品技術者会というサイトの情報です。魚の鱗から真珠のような外観を呈する物質が得られ、その主成分はグアニンであること、その精製した鱗をニトロセルロースやアルコールで分散して(化粧品に)使用することが書かれています。なんだか塗料と関係がありそうな気がしてきました。もう一つ情報をご紹介します。マルハニチロのサイトからの情報です。
ん?タチウオは鱗がない!しかし、グアニン質の層で体表面を覆っているらしい、そしてそれは模造真珠や化粧品に使用されているということがわかりました。となるとますますこのグアニンについてもっと詳しいことが知りたくなります。
でもちょっと待ってください。グアニンという名前どこかで聞いたことがありませんか?そうです、グアニンはDNAの遺伝子情報伝達において大変重要な役割をはたしている核酸塩基なのです。細胞内で遺伝子情報の伝達が行われる際には、二本の鎖が螺旋構造を形成し、体の部品の設計図である遺伝子情報を伝達していくのですが、情報は核酸塩基の配列として伝えられます。元となるDNAには4種類の核酸塩基が延々とならべられていますが、それぞれの核酸塩基は特定の相手と水素結合を形成しないかぎり二重らせん構造が形成できないようになっています。その様子を下図に示します。(ウイキペディアより引用)
ここに登場する核酸塩基は4種類でそれぞれG,A,C,Uと頭文字で示されており、グアニンは赤い点線で囲った部分になります。この二重らせん構造では、グアニンの相手はシトシンであり、それ以外の核酸塩基では二重らせん構造を形成することができません。この仕掛けは大変精密にできていますが、それを可能にしているのが水素結合です。ともかくグアニンは遺伝子情報伝達において重要な役割をはたしている物質なのです。
二重らせん構造の話はこのくらいにして話をグアニンに戻します。このグアニンはプリン環という5個の炭素と4個の窒素からなる9員環がベースになっています。このプリン環は平面状物質であり、垂直方向に重なり合って結晶を作りやすい性質があります。そしてこのグアニンが垂直方向に重なりあった結晶こそが魚の体表面を銀色に彩るグアニン結晶の正体なのです。とここまでは、推測も交えなんとかわかりましたが、問題はこの先です。ではどのような大きさ、厚さの結晶なのか、屈折率はどのくらいか、他に何か関係する有機物があるのかについても知りたいという化学屋の習性が頭を持ち上げてきますが、こうした情報はほとんど見つかりませんでした。
そんな中でわずかに参考になりそうな文献をふたつ挙げておきます。一つ目は昭和25年(1950年)水産学会誌掲載で著者の所属は北海道大学水産学部水産化学教室となっています。要旨としては「魚鱗を調べ、その重要な性質として層状構造とその大きさ、屈折率等の条件を規定し、魚鱗代用品の研究をしたが不首尾に終わった」ということでしたが、魚鱗箔としての条件や構造、などはありませんでした。
二つ目は、その4年後の昭和29年(1954年)の同じく水産学会誌掲載の論文です。こちらも模造真珠に使用されるパールエッセンスの材料である魚鱗の精製に関する報文で、魚鱗以外の脂肪、灰分、窒素化合物などが単なる不純物なのか、あるいは特定の役割を担っているのかについて調べていました。私としては是非とも実際の魚鱗箔の構造を示すような写真が欲しかったのですが、両方の文献に掲載されている写真は不鮮明な白黒であり要領を得ません。
こうなるといつものように本ブログに度々登場する中畑さんに相談するしかありません。中畑さんに相談すると「自分は魚鱗箔についてはよく知っている。参考資料なら山のようにある。」と力強いお言葉をいただき、文献と写真などを提供してくれました。中畑さんはパール顔料に興味を持ち自ら魚の体表面物質の顕微鏡写真まで撮影していました。
下の写真のそのうちの代表例で、ニシンとタチウオの体表面物質(鱗やカバー鱗)の顕微鏡写真です。正反射照明という特殊な方法で撮影したとのこと。パール感が感じられます。上段はニシンの鱗、中段はニシンのカバー鱗(うろこの外側にある硬い物質)、下段がタチウオの鱗です。左から右にかけて倍率があがっています。(一番上のスケールを参照ください)
中畑さんは魚鱗箔に関する良い文献も紹介してくれました。そしてその文献から意外なことがわかりました。今日はその文献だけをご紹介して終わりにします。
中畑さんから紹介してもらった文献は「真珠顔料について(Ⅰ)」と「真珠顔料につい(Ⅱ)」があるのですが、(Ⅰ)の方は光学的特性の解説、(Ⅱ)は真珠顔料の総説になっています。ここでは(Ⅱ)の内容を紹介します。
色材協会昭和34年(1959年)掲載の報文です。著書は東京教育大学(現筑波大学)の蓮精氏、この名前を聞いただけでピントきた人がいたらすごいのですが、この方は塗料業界とも関係の深い会社の創成期に深いかかわりがあります。この報文はいわば、真珠顔料についての総説のようなものであり、①魚鱗の精製(製造法)②合成真珠顔料の歴史的検討経過 ③実用化された塩基性炭酸鉛による真珠顔料の製造という構成になっています。
なぜこの文献が、そんなに感激ものなのかは明日説明します。
本記事を書くにあたり、貴重な資料提供とアドバイスをいただきました元関西ペイントの中畑顕雅氏に感謝の意を表します。