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かんとこうブログ

2023.10.20

ナノ化したアスタキサンチン・・・富士フィルムの化粧品について

最近テレビのコマーシャルで、富士フィルムのナノ化したアスタキサンチンを使った化粧品が紹介されているのを見て興味を持ちました。塗料の世界でも顔料のナノ分散というのはしばしば話題になってきました。今日はこのナノ化したアスタキサンチンについて調べたことをご紹介します。

ネットで調べ始めるとすぐに文献が見つかりました。何と2009年の文献で「アスタキサンチンナノ乳化物を用いた機能性化粧品「アスタリフト®」というタイトルでした。富士フィルム株式会社 ライフサイエンス研究所の中村善貞さんが書かれたもので、もちろん内容もナノ化されたアスタキサンチンそのものについてであり、知りたいと思っていたことの大半はここからの情報で得ることができました。出典は 膜(MEMBRANE), 34(2), 104-106 (2009) です。(この文献はJ-stageで読むことができます)

ja (jst.go.jp)

さてアスタキサンチンとは下図のような物質です。特徴は何と言っても二重結合が規則正しく並んでいることです。こうした二重結合を共役二重結合と言い、並んだ二重結合の数が多くなると波長の長い光を吸収することができるようになります。富士フィルムのコマーシャルでアスタキサンチンのナノ化物が赤い色を呈しているのは、この長い共役二重結合のためです。ちなみに赤い色を呈するためには、二重結合が10個以上並ぶことが必要のようです。

このアスタキサンチンが化粧品として用いられている理由は、しかしながら、この赤い色のためではありません。赤い色であるということは、それ以外の光の波長成分を吸収しているということであり、紫外線や酸素から皮膚を保護するといういわゆる抗酸化作用に着目されているのです。この文献の中ではアスタキサンチンについて以下のように説明されています。

アスタキサンチンは自然界に存在する赤橙色のカロテノイド色素であり,主に海洋性の藻類内で合成され,食物連鎖により魚類,甲殻類に取り込まれているため,海のカロテノイドと言われている.このアスタキサンチンは,種々知られている抗酸化物質の中でも,特に一重項酸素の消去能力が高いという特徴を持つ

最後にでてくる一重項酸素というのは、いわゆる「活性酸素」のことであり、その一重項という電子状態では電子の入らない空軌道が存在し、その空軌道が強く電子を求めるために強い酸化力を有します。この一重項酸素は紫外線によって皮膚組織でよく発生するとされています。紫外線から皮膚を守るという能力については、この一重項酸素の失活能力が大切なのですが、アスタキサンチンはこれが非常に優れているようで、他の色素やコエンザイムQ10(CoQ10)などの抗酸化物質と比較しても消去速度、消去回数ともに優れた能力を発揮します。(下表)

この一重項酸素に対するアスタキサンチンの優れた処理能力については以下のように説明されています。

アスタキサンチンによる消去反応は,一重項酸素からアスタキサンチンへのエネルギー移動が主な経路であり,励起状態のアスタキサンチンは そのエネルギーを熱緩和の形で放出する.そのため,化学的な変化を起こすことなく,活性酸素を失活させることができる.」 すなわち、一重項酸素からエネルギーを受け取り、それを熱として放出することで一重項酸素を失活させるため、繰り返して迅速な処理ができるということです。この能力については、電子状態に由来するものですので、説明するとなると難しい話になるので説明は割愛いたします。

実際にこの優れた抗酸化能力を発揮させるためには、皮膚の奥まで浸透させる必要があり、そのためには極小サイズの乳化物(細かい粒子として水に分散させたもの)にしなければいけません。しかしサイズの小さな乳化物は安定性が悪くすぐに分解されてしまうことがわかりました。(下左図)

そこで対策として酸化防止剤やラジカルトラップ剤(吸収剤:不安定な電子状態のものを安定化させるもの)などを使用して乳化物の安定性を改良できたたことが記されています。(上右図)

この時に使用されたラジカル捕捉剤がトコフェロール(ビタミンE),水溶性酸化防止剤がアスコルビン酸(ビタミンC)ナトリウムでしたが、この組み合わせでは、乳化安定性が損なわれたため、さらに検討して構造の異なる複数の乳化剤を用い, その比率を最適化することで乳化物の安定化を図ることができたと説明されています。

改善された乳化物粒子の界面(油溶性粒子と水媒体の境界面)の模式図と長期の保存安定性の結果を下図に示します。左図はあくまで模式的なもので、このように油溶性粒子(図4の大きな球)の表面に複数種の界面活性剤(親油性部分と親水制部分を分子内に両方持っているもの)が配向(キチンと並ぶ)している様子を表しています。

右図では、改良前は安定性が不良で時間とともに粒子同士が融着して粒子径が増大していきますが、改良後はそうした融着が起きていないことがわかります。

この検討過程に関しては塗料にも通じるものがあり、扱うものは違いますがその検討に進め方は容易に共感・理解できます。

以上でアスタキサンチンナノ化物の技術的な説明は終わりですが、実際の製品の「アスタリフト」には、このアスタキサンチンナノ化物以外にもコラーゲンが配合されており、,①.魚皮などから抽出した平均分子量約300,000の水溶性コラーゲン(肌表面を覆 って潤いを閉じこめる),②.①をさらに酵素加水分解 した平均分子量約3,000の加水分解コラーゲン(肌に 浸透し,内部から保湿する),③コラーゲンの構成アミノ酸であるヒドロキシプロリンをアセチル化 した分子量173のアセチルヒドロキシプロリン(肌自 身がコラーゲンを生み出す力を活性化する)の3種類のコラーゲンが配合されているそうです。

実のところ、このアスタキサンチンナノ化物に興味を持った理由のひとつはどうやってナノ化した乳化物を安定化しているのかということでした。冒頭述べたように塗料でもナノ分散と言って顔料を100ナノメートル以下の微粒子にする試みがなされたことはありますが、その微粒子を安定化するためには顔料分散剤(界面活性剤のようなもの)を多量に使用する必要があり、そうした場合に塗膜になった時の性能、特に耐水性や耐久性が損なわれるという問題があってなかなか実現できない現状があります。

この文献を読んでみて、化粧品の場合には、容器の中で保存しておく間の安定性が確保でき、使用された際に問題なく皮膚に浸透していきさえすれば、それ以上に安定性は求めなくてよいのだと改めて認識しました。

富士フィルムは、化粧品に関して言えば、ナノ化が得意な会社のようで、今日ご紹介したアスタキサンチン以外にもヒト型セラミド(皮膚の角質層の細胞間脂質:保湿成分)やリコピン(抗酸化物質)のナノ化を行い製品にしているようです。下図はナノ化したリコピン、改良して粒子径を細かくした方が透明性が髙いことを示しています。

https://news.mynavi.jp/techplus/article/20120615-a161/ 

以上調べてみて、化粧品の中身も意外に塗料的だなと感じた次第です。

おまけ・・特許を調べてみました。富士フィルムが出願している特許のうち、化粧品関係でアスタキサンチン関連のものをリストアップし、さらに特許として成立し年金が維持されているものの一覧表を示します。

このうち1番上は、まさに上で紹介した文献の内容通りの構成要件ですので、この通り製品化されていったのだと思います。文献で詳細に組成を述べているのも特許権の後ろ盾があるからこそだったと納得しました。2番目と3番目はそれぞれ、ホスファジルコリンと月見草種子エキスという薬効が期待できる成分を配合することが特徴ですが、1番目の特許とは観点が異なる気がします。4番目のものは、1番目の特許に類似性を感じるので、1番目の特許の改良型かとも思われますが、推定の域を出ません。「アスタキサンチン」と「富士フィルム」で特許検索するとこの二つのキーワードを含む特許出願が50件以上ありました。やはりこうしたひとつの製品開発の背景には膨大な研究が行われていたという事実を再認識しました。

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