お電話でのお問合せはこちら
TEL:03-3443-4011

かんとこうブログ

2021.07.28

日本ペイントホールディングスが発表した新規抗ウイルス性ナノ光触媒について

7月15日に日本ペイントホールディングス株式会社が、「新型コロナウイルスおよびアルファ変異株を不活化する新規抗ウイルス性ナノ光触媒を共同開発した」と発表しました。今日はその内容についてご紹介します。この内容は同社ホームページの発表資料(下記URL)からの引用を再構成したものです。

https://www.nipponpaint-holdings.com/news_release/2021071502/
この新しい光触媒についての研究は、2020518日に締結した国立大学法人東京大学との産学協創協定に基づく共同研究の一環によるものとされています。研究成果の要約は以下になります。

【本研究成果の特長】
酸化チタンと酸化銅からなる光触媒を非常に小さくナノ粒子化し、表面積、分散性、透明度に優れた抗ウイルス性ナノ光触媒を開発。
新型コロナウイルスとそのアルファ変異株を不活化する効果と機構を解明。
インフルエンザウイルスなど種々のウイルスをも不活化するため、COVID-19パンデミック下のみならずポストコロナ社会でもウイルス感染リスクを低減すると期待。

酸化チタンと酸化銅からなる光触媒は、もともと東京大学橋本和仁名誉教授らが開発して2012年に報告した、酸化チタン-酸化銅複合型光触媒をベースにしており、バクテリオファージに対する不活化効果を持つことが確認されています。この酸化チタン-酸化銅複合型光触媒の抗ウイルス効果の主役は1価の銅(亜酸化銅)ですが、この1価の銅は空気中の酸素で2価になってしまい抗ウイルス特性を低下させるものの、可視光や紫外光によって再び1価に還元されるため効果が持続するという特徴があります。

今回の研究では、この酸化チタン-酸化銅複合型光触媒をナノ粒子化しました。酸化チタン粒子は通常の1/30にあたる48nmに、酸化銅粒子は通常の1/5にあたる12nmにまで微粒子化したことにより、比表面積増大による光触媒効果の増強、塗料中における沈降防止、透明性向上などの効果が得られました。

この酸化チタン-酸化銅複合型光触媒をエナメル塗料に添加して、抗ウイルス効果を確認したところ、市販の蛍光灯下で3時間照射下で、新型コロナウイルスのα変異株(イギリス型)をはじめインフルエンザA型ウイルス、ネコカリシウイルス(ノロウイルスのモデルとして使われます)、細菌に感染するウイルスであるバクテリオファージとバクテリオファージM13に対する不活化効果が認めらました。

また、新型コロナウイルスのα株に対する作用機序としては、コロナウイルスのスパイクタンパクおいて、ヒトの細胞に入りこむ際に重要な役割をはたすRBD(受容体結合ドメイン:ヒト側の受容体であるACE2と結合する部位)を変性させてしまうことが解明されました。(下図)

新規抗ウイルス性ナノ光触媒が新型コロナウイルスを不活化する様子(模式図)

以上が発表の概要であり、この研究の詳細についてはすでに論文として以下に発表されていました。(下記
URL)
https://doi.org/10.33774/chemrxiv-2021-tnrs7
実はこの論文にはさらに詳しいことが書いてありました。興味深かったのでポイントを要約してご紹介します。著者の所属は東京大学と日本ペイントホールディングスです。

この文献には、酸化チタン-酸化銅複合ナノ粒子の組成や製法、材料情報などが詳しく書いてありました。要約すると以下になります。

ちょっと驚いたのは、酸化チタンのナノ粒子に関して市販のものを使用していたことでした。塗料屋の常識からすると、微粒子というのは大変扱いづらいもので、確かに沈降性は良好ですが、二次凝集を起こしやすく安定に保持するには、非常に多量の分散剤と呼ばれるものを分散粒子の表面に吸着させて安定化する必要があるというのが定説になっているからです。さらにこの分散剤を多量に使用することで塗膜性能へ影響が出ることが懸念されるというやっかいな問題があり、ナノ分散は言うに易く行うに難しいと言われています。果たして2次凝集の問題はどう解決するのかぜひ聞いてみたいところではありますが、それは本題ではないので話を進めます。銅とチタンのモル比は120でした。

銅の酸化と還元がどのように行われるか、図とともに詳しく解説されていましたので、これもご紹介しておきます。

銅の酸化は(A)による空気中の酸素による酸化だけです。一方還元の方は3つのルートがあり、

酸化チタンの表面で価電子帯から可視光によって励起した電子が直接2価の銅に渡るルート・・図の(B

酸化チタンの表面で価電子帯から紫外光(人工照明にわずかに含まれる)によって導電帯に励起した電子が2価の銅に渡るもの・・図の(C

酸化チタンに接触している銅のプラズモン粒子から可視光よって励起した電子が2価の銅に渡るもの・・図の(D)があります。

B)(C)の場合、励起によってできた正孔は、水を酸化することで、(D)の場合には銅を1価に酸化することでそれぞれ消費されます。

さて肝心の抗ウイルス試験の結果も載っていました。先にご紹介した複合ナノ粒子スラリーを塗料に添加して塗装し塗膜の抗ウイルス性を調べています。(添加濃度は不明です)

 

上の(a)が新型コロナウイルスの野生株、下の(b)がバクテリオファージQBの抗ウイルス性試験結果です。

a)では、対照であるガラス板や複合ナノ粒子を添加していない塗料に比べて、ルチル型、アナターゼ型の複合粒子のいずれかを添加したものは抗ウイルス効果が顕著に認められています。ルチル型とアナターゼ型の効果に差があることについては、ルチル型の方がアナターゼ型に比べてバンドギャップが小さく、上で引用した図3の(C)のルートによる還元が少ないためではないかと考察しています。

 

最後に、新型コロナウイルスへの防御性を試験結果ですが、変異株のスパイクタンパクの受容体結合ドメインを構成するたんぱく質を用いて、ヒト側の受容体ACE2との結合作用をELISA(抗原や抗体の濃度を検出する方法)により試験した結果が載っていました。

図で見られるようにルチル型、アナターゼ型ともに、コントロール(複合ナノ粒子のない場合)に比べてACE2の結合が大きく阻害されていることがわかります。

銅の抗菌性は広く知られているところであり、その作用は微量金属作用と呼ばれています。その作用機序についてよくわかっていないというのが実態のようですが、日本銅センターでは、銅の酸化(Cu→Cu+→Cu2+)に伴い発生するヒドロキシラジカル(H2O→H2O2→OH・+OH- )の酸化力によると説明しています。

いずれにしても、なかなかよく考えられた技術のようですので、感染症対策はじめさまざまな用途に使用されることを期待したいと思います。

以上が文献の主な内容でした。興味のある方は直接ご参照ください。

コメント

コメントフォーム

To top