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かんとこうブログ

2026.10.18

箱根駅伝予選会 最下位通過と次点の差について 

昨日、立川で第103回関東大学対抗駅伝(以下箱根駅伝と書きます)の予選会が行われ、本選に出場する10校が決まりました。もはや国民的行事ともなったこの箱根駅伝ですが、その予選会にも大きな関心が寄せられるようになり、特にレース後の成績発表における10位(最下位通過校)と11位(次点校)の発表時には固唾を呑む緊張感があります。時にはわずか1秒の差が本選出場と落選を隔てる場合もあり、まさに悲喜こもごもの状況となります。

今年は10位が法政、11位が国士館でその差が1分46秒ありましたが、チームの中の速い順に10人のタイムの合計ですので、一人あたりにすれば僅か10秒6、21Kmあまりを走ってこの数値ですから、1Kmあたりでは1秒ほどの差となります。確か以前には本当に1秒差で明暗をわけたケースがあったと思い、僅差の予選会を調べてみることにしました。

箱根駅伝の予選会は昭和21年の第23回大会から始まりました。当初は落選はなかったそうですが、第32回から落選校がでるようになり、第33回大会からシード制が採用され、現在に至っています。しかしながら、会場や距離、予選通過校数などについて何度も変更があり、箱根駅伝予選会も時代に沿って大きく変化してきました。予選会の全部を紹介すると却って冗長になると思い、箱根人気が定着した2000年以降についてのみ調べることにしました。

いろいろネット上を探しましたが、予選と本選を一括で調べることができるサイトが見つからず、私の調べた限りでは、下記サイト(箱根駅伝予選会)が予選会については最も詳細で信頼がおけると判断し、データを引用させてもらいました。

https://hkhekiden.com/yosenkai/yosenkai03.html

   

予選通過校数は、途中で変更があっただけでなく、5年に一度の記念大会では増枠されたり、オープン参加の関東学生連合がシード権を獲得した場合や、途中棄権があったりすると変動しますので、最下位通過校(通常であれば予選10位)と次点校(通常11位)という表現にして、一覧表を作成しました。この表に中ほどに「差」とあるのが、この両校の秒差です。この表はあちこち、色付けした色文字書いていますが、それぞれはのちほど順次説明していきます。

2000年以降の26回の予選会のうち、最下位通過と次点校の差が10秒未満(ひとけた)の年が6回あり、なんと1秒差が2回ありました。下図をご覧ください。

最初の1秒差は2006年で、最下位通過が国士館大学、次点がが拓殖大学でした。2回目は2024年で最下位通過が順天堂大学、次点が東京農業大学でした。それにしても10人の選手の合計タイムは10時間以上になり、その差が1秒ですから、割合としては36000分の1以下の差で、おおよそ100万分の3程度です。同タイムの場合の順位決定は上位10人の合計順位の少ない方、さらにそれも同じ場合には最上位の選手の順位で決めるそうです。

最も大きな差がついたのは2002年の5分30秒で最下位通過が専修大学、次点校が城西大学でした。これだけ差がついていれば悔しくないかと言えばそんなことはなく、やはり次点校は切歯扼腕したと思われます。

さて、天国と地獄、最下位通過と次点校の差についてはこれで終わりなのですが、上の一覧表を作る過程でいろいろ気になることができてきましたので、それをこれからご紹介したいと思います。

一つ目は次点校に柘植大学の名前がたくさん出てきたことです。柘植大学が次点校になったのは、2001年、2003年、2005年、2006年、2012年、2021年と6回あります。特に2001年から2006年までに4回と集中しています。何か特別な理由でもあったのかと調べているうちに、「関東インカレポイント」なるものがあることがわかりました。

この「関東インカレポイント」というには、文字通り通常春に開催される「関東インカレ」の得点を、時間に換算して予選会の結果に反映させるというものです。少々ややこしいのでですが、予選会タイム順に1位から6位まではそのまま通過決定ですが、7位から9位までは実際のタイムに「関東インカレポイント」を反映させて順位を決定するというものです。

2002年から2012年までの間、この制度が採用されていたようです。この制度についての是非を議論しませんが、結果として柘植大学は、予選会のタイムでは勝りながら、「関東インカレポイント」のために次点校になったケースが3回もあったのです。予選会のタイム順では2003年が8位、2005年が9位、2006年が7位でありながら、いずれも次点の10位(当時は予選通過は9位まで)になってしまいました。予選会の合計タイムでは最下位通過校よりも2分以上速かったというのですから、単なる次点校としての悔しさどころではなかったと思われます。

こうした「関東インカレポイント」による順位の逆転は他にもあったと思われますが、こと次点校に関して言えば、こうした不利益を被ったのは柘植大学だけでした。詳しくは上表をご覧ください。*の「実際のタイム差」というのは、最下位通過校と次点校の予選会のタイム差で、マイナスは次点校の方が速かったことを示しています。

下表左端に柘植大学の本選、予選の順位を表示してあります。予選の赤地は次点校を示しており6回もありながら、最下位通過は1回もありません。このところ柘植大学の成績は振るいませんが、この件を知って応援したくなりました。

二つ目は麗澤大学です。この大学は2018年と2019年に連続して次点校になりました。名前に記憶があったので、本選の記録を調べてみましたが、本選の記録はありませんでした。つまり、次点にはなったものの、本選出場はできていないということです。ここ2-3年は少し通過圏内からは遠のいているようですので、この麗澤大学についても是非再興を期待したいと思います。

三つ目は最下位通過校に青山学院の名前を見つけたことです。現在本選三連覇中の強豪校ですが、こうした時代もあったのかと予選会と本選の成績を調べてみました。青山学院の予選、本選の順位は下表に左から2番目にあります。2000年以降次第に予選会の順位を上げていき、2007年に次点校、2008年に最下位通過校となり、以降はずっとシード権をとり続けています。

四つ目は、国士館と法政です。この両校は本選の常連校ですが、意外に最下位通過校と次点校に頻繁に名前がでてきていましたので、これも予選と本選の順位調べてみました。下表の右側2校です。

驚くべきことに国士館は2000年以降本選に16回出ていますが、予選会は毎年走っていました。つまりシード権をとっていないということがわかりました。ただし、予選会の勝負強さは抜群で、最下位通過が5回あります。一方で次点が3回ありますが、毎回予選会では安定した成績で走っているということだと思います。

法政大学の方は、2000年以降本選会出場22回、そのうちシード権獲得11回、予選会出場は16回のうち予選通過が11回あり、やはり実力があることがわかります。最下位通過が今年を含め3回、次点も3回ありました。強豪校と言えども箱根本選出場は簡単ではないようです。

さて先日の出雲に続き、伊勢の全日本大学駅伝、正月の箱根駅伝と大学男子の三大駅伝が行われていきます。予選から本選に進む選手達には、もう一度ピークを作らなければならない難しさがあろうかとは思いますが、遺憾なく実力を発揮してもらいたいとそれだけを思います。

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